Deep Green

The shape of water

人外とハンデ持ちのある女性の話。

終わり方はハッピーエンドだったんだろうけど、私は好きではなかったなぁと。

あそこでイライザも一緒に連れて行くのはとても良かったと思う。


全体的にいうとこの映画は、エロい描写が多い!笑

ホントにR-15でいいのだろうかと思うレベルにはそういう描写が多かったですね。友達と見に行ったんですけど、そういうの平気な人を連れて行きましょう笑

後は、グロイ表現も多かったというか、グロイ描写がグロイ。耐性の無い人はチョット厳しいかもしれないですね。


そもそもイライザの声帯のハンデについて詳しい過去描写がなかったので、様々な考察が出来る作りになっているところは高評価です。彼女に残る首の傷は、彼がつけたのか、はたまたラスト描写のための伏線であったのか考えさせられます。

劇中でイライザも言っていたのですが、「彼はありのままの私を見てくれる。声が出ないと言うことを、ハンデを持っていることを彼は知らないのよ」この台詞はとても好きでした。本物の私を見てくれるのは、人ではないあの彼だけというのはグッときましたね。

彼女は声を出せないというマイノリティでありました。


あの彼もまた、神として称えられてきたのに、いざ科学の中に持ち込まれるとただの人外でしかなく、研究対象に成り下がります。そして冷戦の武器として米ソのコマになります。

彼もまたマイノリティなのです。


イライザを取り巻く友好関係もマイノリティで囲まれています。10年来の友であるデリラは黒人で、劇中でも差別の描写がありました。同居しているおじさまは、きっとゲイであろうという描写があり、好感を持っていたパイ屋の青年に拒否されている場面があります。

マイノリティでる彼らは社会の少数派ではあっても、この映画の中では主人公でありました。


反対に悪として描かれる狂人は、ごく一般の家庭にすむエリート階級の人です。言い換えればありふれるマジョリティなのです。

マジョリティである彼は絶対悪で、彼の死?によりハッピーエンドがもたらされます。


この映画のテーマは、人外との恋を描く物語ではなく、マイノリティとマジョリティの対立を描く映画のような気がします。

二度目があるかと聞かれれば、もしかしたら可能性はないかもしれませんが、深読みすれば面白い映画でした。


Sai

knowing is seeing.

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